職場の飲み会で不適切な身体的接触を受けた場合のセクハラ対処法
職場の飲み会での不適切な身体的接触はセクハラに該当するのか?
会社の飲み会は、従業員同士の親睦を深める場として重要である一方で、予期せぬトラブルが発生することもあります。特に、職場の飲み会の場で上司や同僚から不適切な身体的接触を受け、不快な思いをしたというケースは少なくありません。このような行為は、一体法的にどのような問題があるのでしょうか。
たとえば、会社の忘年会や懇親会といった飲み会の席で、上司があなたの肩や腰、太ももなどに何度も触れてきたり、必要以上に体を密着させてきたりする行為があったとします。やめてほしいと伝えても聞いてもらえず、その後の職場での関係を考えると強く拒否することも難しいと感じるかもしれません。このような状況は、セクシュアルハラスメント(セクハラ)に該当する可能性が非常に高いと言えます。
本記事では、職場の飲み会における不適切な身体的接触がセクハラに該当するかどうかを法律の観点から解説し、具体的な対応策や解決への道筋について詳しく説明します。
法的側面から見る「職場の飲み会での不適切な身体的接触」
セクシュアルハラスメントの定義と「職場」の範囲
セクシュアルハラスメント(セクハラ)とは、職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者が労働条件について不利益を受けたり、性的な言動により労働者の就業環境が害されたりすることを指します。これは、男女雇用機会均等法において、事業主が講ずべき措置の対象とされています。
セクハラには、大きく分けて以下の二つの類型があります。
- 対価型セクシュアルハラスメント:性的な言動に対し、拒否した労働者が解雇や降格などの不利益を受けるケースです。
- 環境型セクシュアルハラスメント:性的な言動により、労働者の就業環境が不快になり、業務に支障が生じるケースです。
今回の事例のように、職場の飲み会で不適切な身体的接触を受け、それによって不快な思いをしたり、業務に集中できなくなったりする状況は、特に「環境型セクシュアルハラスメント」に該当する可能性が高いと考えられます。
また、注目すべきは「職場」の範囲です。厚生労働省の指針では、「職場」とは事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指しますが、これには「業務を遂行する場所」であれば、勤務時間外や会社の外であっても含まれるとされています。具体的には、出張先、取引先の場所、打ち合わせ場所、そして懇親会や忘年会などの「職場の飲み会」も含まれると明記されています。したがって、職場の飲み会で発生した不適切な身体的接触は、紛れもなくセクハラの対象となり得るのです。
民法上の不法行為
セクハラ行為は、男女雇用機会均等法上の問題であるだけでなく、民法上の「不法行為」にも該当する可能性があります。不法行為とは、民法第709条に定められており、故意または過失によって他人の権利や利益を侵害した場合に、その損害を賠償する責任を負うというものです。
セクハラによって精神的な苦痛(慰謝料の対象となる損害)を受けた場合、加害者本人に対して不法行為に基づく損害賠償請求を行うことができます。さらに、会社に対しても「使用者責任」(民法第715条)や「安全配慮義務違反」を根拠に損害賠償を求めることが可能です。使用者責任とは、会社の業務中に従業員が他人に損害を与えた場合、会社もその損害賠償責任を負うというものです。安全配慮義務とは、会社が従業員に対し、安全で健康な環境で働けるよう配慮する義務を指し、セクハラ対策もこれに含まれます。
関連する裁判例
職場の飲み会におけるセクハラ行為に関して、裁判所がセクハラを認定し、会社や加害者に賠償を命じた事例は複数存在します。
例えば、東京高裁平成13年11月22日判決(A会社事件)では、会社の忘年会や会議の打ち上げといった職務時間外の場において、上司が部下に対し執拗に性的言動を繰り返したり、身体に触れたりする行為があったことが争点となりました。裁判所は、これらの行為が「職場におけるセクシュアルハラスメント」に該当すると判断し、会社に対しても使用者責任と安全配慮義務違反を認め、損害賠償を命じました。この判決は、職務時間外や会社の外であっても、職務と密接な関連性がある場所での性的な言動はセクハラの対象となることを明確に示した重要な事例です。
この裁判例からもわかるように、職場の飲み会での不適切な身体的接触は、法的に責任を追及できるセクハラ行為と評価される可能性が高いと言えます。
具体的な対応策と解決への道筋
セクハラの被害に遭った場合、一人で抱え込まず、具体的な行動を起こすことが重要です。以下に、段階的な対応策を解説します。
1. 証拠の集め方
セクハラの問題を解決するためには、事実を裏付ける証拠が非常に重要です。後々の交渉や法的措置に備え、可能な限り詳細な証拠を集めるようにしましょう。
- 詳細な記録(メモ)を取る:
- いつ(日付、時間帯)、どこで(場所、飲み会の名称)、誰が(加害者の氏名、役職、部署など)、何を(具体的な身体的接触の内容、言動の内容)したのかを具体的に記録します。
- その時のあなたの反応や感情、周囲の状況(目撃者の有無)も記録しておくと良いでしょう。
- 被害を受けた直後から、可能な限り早めに記録することが望ましいです。
- 録音・録画:
- 再度同様の被害に遭う可能性がある場合、スマートフォンなどで会話や状況を録音・録画することも有効な証拠となります。ただし、相手に知られないように慎重に行う必要があります。
- メールやSNSのやり取り:
- 加害者からの謝罪、弁解、あるいは不適切な内容のメッセージなどがあれば、スクリーンショットを撮るなどして保存します。
- 精神的・身体的被害の記録:
- セクハラによって精神的な不調(不眠、食欲不振、うつ症状など)や身体的な不調が生じた場合、心療内科や精神科、かかりつけ医を受診し、診断書や診療記録を作成してもらいましょう。これが、被害の実態を示す重要な証拠となります。
- 目撃者の証言:
- もし飲み会で不適切な行為を目撃した同僚がいれば、後日証言を依頼できるか打診してみることも考えられます。
2. 社内での対処
会社には、セクハラを防止し、発生した場合には適切に対応する義務があります。
- 加害者への直接的な意思表示(可能な場合):
- 安全が確保できる状況であれば、「やめてください」「不快です」などと明確に意思表示することも一つの方法です。これにより、相手に意図を伝え、行為を止めるきっかけになることがあります。しかし、恐怖を感じる場合は無理に行うべきではありません。
- 社内相談窓口や人事担当者への相談:
- 多くの会社には、ハラスメント相談窓口や人事部、コンプライアンス部署などが設置されています。まずはこれらの窓口に相談し、事実関係を説明します。相談した事実は会社に報告され、適切な調査や対応が求められます。
- 会社は、相談を受けた場合、事実関係の迅速かつ正確な確認、被害者と加害者への適切な措置(加害行為の停止、配置転換、懲戒処分など)、再発防止策の実施といった義務を負います。
3. 外部機関への相談
社内での解決が難しい場合や、社内相談窓口がない、機能していないと感じる場合には、外部の専門機関に相談することを検討しましょう。
- 労働局(総合労働相談コーナー):
- 各都道府県に設置されている労働局の「総合労働相談コーナー」では、ハラスメントに関する相談を無料で受け付けています。具体的な対処法のアドバイスを受けられるほか、事業主と労働者の間のトラブル解決を支援する「あっせん制度」を利用することもできます。あっせんは、第三者が間に入り、話し合いでの解決を目指すものです。
- 弁護士:
- 法的な解決を視野に入れるのであれば、弁護士への相談が最も有効です。弁護士は、あなたの状況を聞き、法的観点からどのような権利があるか、どのような請求が可能か、どのような証拠が必要かなどを具体的にアドバイスしてくれます。
- 加害者や会社への内容証明郵便の送付、損害賠償請求の代理交渉、労働審判や民事訴訟といった法的手続きの代理なども依頼することができます。
- 無料で法律相談を受け付けている弁護士事務所や、日本弁護士連合会、各地域の弁護士会が実施する法律相談会なども活用できます。
- 法テラス(日本司法支援センター):
- 経済的に余裕がない場合でも法律相談を利用できるよう、弁護士費用などの情報提供や、無料の法律相談を行っている公的な機関です。
- 各自治体の相談窓口:
- お住まいの地域によっては、男女平等推進センターや人権相談窓口などで、セクハラに関する相談を受け付けている場合があります。
4. 損害賠償請求・法的措置
集めた証拠に基づき、加害者や会社に対して損害賠償請求を行うことが考えられます。
- 加害者個人への請求:
- 不法行為(民法第709条)に基づき、精神的苦痛に対する慰謝料などを請求します。
- 会社への請求:
- 会社に対しては、使用者責任(民法第715条)や安全配慮義務違反を理由に、損害賠償を請求することができます。会社が適切なハラスメント対策を講じていなかった場合や、相談後の対応が不十分だった場合などに、会社の責任が問われます。
- 調停や裁判といった法的手続き:
- 民事調停:裁判官と調停委員が間に入り、話し合いで解決を目指す手続きです。非公開で行われるため、プライバシーが保護されやすいメリットがあります。
- 労働審判:労働に関するトラブルを迅速に解決するための手続きです。労働審判官(裁判官)と労働審判員が、調停を試みつつ、解決に至らない場合は審判を下します。
- 民事訴訟:加害者や会社に対して損害賠償を求めるための正式な裁判手続きです。時間と費用がかかることがありますが、最終的な解決手段となります。
まとめ
職場の飲み会での不適切な身体的接触は、男女雇用機会均等法が定めるセクシュアルハラスメントに該当し、同時に民法上の不法行為としても責任追及が可能です。一人で悩まず、まず正確な証拠を集め、社内外の適切な窓口に相談することが解決への第一歩となります。
会社にはセクハラ対策を講じる義務があり、その対応が不十分であれば、会社自身の責任も問われます。労働局の総合労働相談コーナーや弁護士など、様々な相談先がありますので、ご自身の状況に合わせて最適な方法を選び、具体的な行動を起こすことで、より良い解決に繋がるでしょう。
この問題は決してあなたが悪いわけではありません。適切な支援を得て、安心して働ける環境を取り戻すための行動を始めることを強く推奨いたします。