昇進を条件に性的な誘いを強要された際のセクハラ対処法:対価型セクハラからの身の守り方
セクシュアルハラスメントは、働く人々の尊厳を傷つけ、職場の健全な環境を著しく損なう深刻な問題です。特に、「昇進」や「評価」といった地位を条件に性的な誘いを強要されるケースは、個人のキャリアにまで影響を及ぼす許しがたい行為であり、「対価型セクシュアルハラスメント」と呼ばれます。
もしあなたがこのような状況に直面した場合、一人で抱え込まず、適切な知識を持って行動することが重要です。この記事では、昇進を条件とした性的な誘いという具体的な事例をもとに、法的にどのような問題があるのか、そして、あなたが取るべき具体的な対応策について解説します。
事例:昇進と引き換えに性的な誘いを強要された場合
ある日、あなたは直属の上司から「このプロジェクトを成功させれば、君の昇進を後押しする」と期待をかけられました。しかし、その後、上司から「昇進には協力が必要だ。二人きりで食事に行き、親密な関係を築くことが条件だ」と暗に、あるいは露骨に性的な関係を要求されました。拒否すれば、昇進の話は白紙に戻されると示唆された、という状況です。
このような状況は、単に不快なだけでなく、法的な問題を含む深刻なセクシュアルハラスメントに該当する可能性があります。
事例の法的問題点:対価型セクシュアルハラスメントとは
この事例は、男女雇用機会均等法が定めるセクシュアルハラスメントの中でも、特に「対価型セクシュアルハラスメント」に該当します。
対価型セクシュアルハラスメントとは、労働者の意に反する性的な言動に対し、労働者が拒否や抵抗をしたことを理由として、解雇、降格、減給、配置転換などの不利益を与えることです。今回の事例のように、昇進の機会を与えないと示唆することも、不利益な取り扱いに該当する可能性があります。
男女雇用機会均等法第11条は、事業主に対し、職場におけるセクシュアルハラスメントの防止のための措置を講じることを義務付けています。さらに、厚生労働省の「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」においても、対価型セクシュアルハラスメントは明確に禁止されています。
また、このような行為は、民法上の不法行為(民法第709条)にも該当し、精神的苦痛に対する損害賠償請求の対象となり得ます。上司個人の責任に加え、会社(事業主)も、従業員がセクシュアルハラスメントを行った場合に使用者責任(民法第715条)を負うことや、職場の安全配慮義務違反(労働契約法第5条)に問われる可能性があります。
関連する裁判例:対価型セクハラの認定
対価型セクシュアルハラスメントは、裁判においてしばしば争点となり、被害者への損害賠償が認められるケースがあります。
例えば、過去の裁判例では、上司が部下に対し、出世と引き換えに性的な関係を要求し、拒否されたことで不利益な配置転換を行った事案で、裁判所が上司個人の不法行為責任だけでなく、会社に対しても使用者責任や安全配慮義務違反を認め、慰謝料の支払いを命じた判決が出ています。 これらの裁判例は、地位を利用した性的な要求や、その拒否に対する不利益な取り扱いは、法的に許されない行為であることを明確に示しています。
具体的な対応策:被害を食い止め、権利を守るために
このような状況に直面した際、あなたが取るべき具体的な対応策を段階的に解説します。
1. 証拠の収集
セクシュアルハラスメントの問題解決において、最も重要なのが「証拠」です。昇進を条件とした性的な要求の場合、以下のようなものが有効な証拠となります。
- いつ、どこで、誰から、どのような内容の要求があったかを詳細に記録したメモや日記。日時、場所、加害者名、具体的な言動の内容、それに対するあなたの対応、感情などを客観的に記述します。
- 録音データ: 要求の際に会話を録音することができれば、非常に有力な証拠となります。スマートフォンなどで、いつでも録音できるよう準備しておくことも有効です。ただし、相手に無断で録音することについては、証拠能力が争われる可能性もゼロではありませんが、多くの裁判例では証拠として採用されています。
- メールやチャットの履歴: 性的な要求を匂わせる内容や、それに対するあなたの拒否反応が残るメールやメッセージのスクリーンショット、コピー。
- 第三者の証言: もし、同僚や取引先など、第三者がその事実を知っている、あるいは間接的に見聞きしている場合は、その人の証言も重要な証拠となり得ます。
- 要求を拒否した後に生じた不利益な取り扱いに関する資料: 実際に昇進がなかった、不当な評価を受けた、配置転換されたなど、要求を拒否したことによって生じた具体的な不利益を証明できる書類やメール、人事評価記録などです。
これらの証拠は、後に行われる社内調査や外部機関への相談、法的手続きの際にあなたの主張の正当性を裏付ける強力な材料となります。
2. 社内相談窓口の活用
多くの企業には、ハラスメントに関する相談窓口が設置されています。まずは、会社の相談窓口や人事部などに相談することを検討してください。
- 相談時のポイント: 収集した証拠を提示し、具体的な状況を冷静に伝えます。匿名での相談が可能かどうかも確認してください。
- 会社の義務: 男女雇用機会均等法に基づき、会社は相談を受けたら、迅速かつ適切に事実関係を調査し、加害者への適切な措置(懲戒処分、配置転換など)や、被害者への配慮(加害者と接触させない、働きやすい環境の提供など)を行う義務があります。
- 会社が適切に対応しない場合: 会社がセクシュアルハラスメントの事実を認めない、あるいは適切な措置を講じない場合は、次のステップとして外部の相談機関を利用することを検討します。
3. 外部の相談機関の利用
社内での解決が難しい場合や、会社に相談すること自体に抵抗がある場合は、外部の専門機関に相談することができます。
- 労働局(雇用環境・均等部): 各都道府県に設置されている労働局の雇用環境・均等部では、セクシュアルハラスメントに関する相談を受け付けています。無料で利用でき、専門の担当官が状況に応じたアドバイスをしてくれます。必要に応じて、調停やあっせんといった紛争解決手続きを申し立てることも可能です。
- 調停・あっせん: 当事者間の話し合いを、中立的な第三者が仲介し、円満な解決を目指す制度です。
- 弁護士: 法律の専門家である弁護士に相談することで、法的な観点から具体的なアドバイスを受けることができます。証拠の整理、会社との交渉、損害賠償請求の検討、そして必要であれば労働審判や民事訴訟といった法的手続きの代理を依頼することも可能です。
- 労働審判: 労働者と事業主との間のトラブルを、非公開の場で迅速に解決するための手続きです。原則3回以内の期日で審理が進められます。
- 民事訴訟: 損害賠償請求など、より本格的な法的手続きを求める場合です。
- 総合労働相談コーナー: 都道府県労働局、労働基準監督署内に設置されており、労働問題全般に関する相談を無料で受け付けています。セクシュアルハラスメントに関する相談も可能です。
4. 会社に対する請求と法的手続き
セクシュアルハラスメントによって精神的苦痛を受けた場合、加害者個人だけでなく、会社に対しても損害賠償を請求できる可能性があります。
- 損害賠償請求: 上司からの性的な要求やその後の不利益な取り扱いによって被った精神的苦痛に対し、慰謝料などの損害賠償を請求することができます。
- 不利益な取り扱いの撤回要求: もし昇進の話が白紙に戻されたり、不当な異動を命じられたりした場合は、それらの不利益な取り扱いの撤回を会社に要求することも可能です。
これらの請求は、弁護士を通じて内容証明郵便を送る、労働局のあっせんを利用する、あるいは労働審判や民事訴訟を提起するといった方法で進めることになります。
結論:一人で抱え込まず、適切な行動を
昇進を条件とした性的な要求は、あなたのキャリアと尊厳を脅かす深刻なセクシュアルハラスメントです。このような状況に直面した際は、決して自分を責めず、一人で抱え込まないでください。
- まずは具体的な証拠を冷静に集めること。
- 次に、社内の相談窓口や人事部門、あるいは労働局や弁護士といった外部の専門機関に相談すること。
これらの行動が、状況を改善し、あなたの権利を守るための第一歩となります。適切な知識と支援を得ることで、この困難な状況を乗り越える道が開かれるでしょう。
相談窓口の再掲 * 労働局(雇用環境・均等部):各都道府県に設置されており、セクシュアルハラスメントを含むハラスメント問題の相談や、調停・あっせんの申し立てが可能です。 * 弁護士会:無料法律相談会などを実施している場合があり、法的なアドバイスを求めることができます。 * 総合労働相談コーナー:都道府県労働局、労働基準監督署内に設置されており、労働問題全般に関する相談を受け付けています。